「共創」への気づき  ポイントは“数学的観点”

センター管理者

吉田 拓也さん

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前回ご登場いただいた佐橋秀和さんと、今回ご登場いただく吉田拓也さんには共通点があります。それはまさに、札幌第5センターの立ち上げを担ったという点です。歩んできた経歴も背景も違う2人ですが、仕事に対する思いや描く未来像は驚くほど重なる部分がありました。開所間もないセンターで活躍する吉田さんの過去と今、そして垣間見えた意外な一面について深堀します。


■キーパーソンはTMJ出向中の同僚

現在プログラム・マネジャー(PM)として活躍する吉田さんは、2015年5月、SV(スーパーバイザー)としてTMJに入社しました。同業他社で経験を積んでいた吉田さんですが、入社のきっかけは意外なものでした。

吉田「他社で8年間勤務し、オペレータからSV、マネジャーまで広く経験しました。当時はデジタル家電を扱うメーカーのテクニカルサポートをメインとしており、業務の立ち上げや他社CC(コンタクトセンター)ベンダーへの出向なども行っていました。そんなある日、TMJに出向していた同僚が『一緒にTMJで働こう』と声をかけてくれたんです。当時の勤務先はTMJと関わることも度々あり、入社後の様子がイメージできたことも誘いを受けた理由の1つでした」

 

■早々に手腕を発揮 やりがいを実感

業務の立ち上げや設計、テクニカル分野でのサポートなど、自らの経験を強みにTMJに入社した吉田さん。複数のクライアント業務を請け負うTMJで、より多くの業務に“挑戦”してみたいという想いがありました。入社後、そうした吉田さんの想いは早々に実現へと向かうことになります。

吉田「入社時はネットサービスプロバイダのカスタマーサポート業務にSVとして配属されました。経験者としてきちんと適性を把握してもらえたことが嬉しかったですね。入社から間もなく新規業務の立ち上げがあり、リーダーとしてアサインされました。業務の設計・管理に携わった後はスポット案件の立ち上げ・管理も任せて頂きました。札幌のマルチセンターに異動してからは複数の業務に携わっています。前職よりも大規模な立ち上げに複数関わることができているので、やりがいを感じます」

■自分の“クセ”を把握 経験から生まれた知見

順調にキャリアを積み上げてきた吉田さんですが、幾度かの失敗を経て得た学びが今に生かされていると語ります。大きなプロジェクトの中心という立場から見えたものは、TMJが大切にする価値観の中の「Value」にもつながる考え方でした。

吉田「まず、私は何でも一人でやってしまおうとするクセがありましたが、TMJ入社後に大きな立ち上げを複数経験する中で『色々な人を巻き込む』ことの重要性を痛感しました。まさに『Value』の中の『共創』ですよね。そのため、各業務が同じ方向を向いて運営することを前提とした再現性ある運用を目指すことにしています。キャリアの長短に関わらず、どのような人でも可能となるような運用をツール化し、育成・教育の方向性を標準化した業務設計を心掛けるようにしました。実際、TMJにおける業務運営の仕組化等は非常に完成度が高いと思います。良い意味で仕組みや標準化にこだわり続ける会社であり、自分の性格もまたそこに合致していると感じていますね」

■知見を結集 第5センター立ち上げを完遂

昨年12月に開所した第5センター。かつてない規模の立ち上げに、吉田さんは独自のコンセプトを打ち出しました。これからの時代を見据えた新しいセンターに、吉田さんはどのような想いを抱いているのでしょうか。

吉田「第5センターの立ち上げでは、ビルの建設段階から明確なコンセプトを掲げていました。TMJのソリューションや次世代技術を駆使した運営のロールモデル化を目指し、サイトビジットに役立てたいという思いからです。第5センターには現在自分が担当している案件が移管しましたが、各企業がTMJのもつソリューションを経験できるような空間をつくり、新たなクライアントの誘致につなげていければと考えています。特に、人間に依存しない運営を前提とすることでソリューション活用による効率的な運用方法を提示できると考えました。もちろんプレッシャーも緊張もありますが、多くの人を“巻き込んで”やっていければいいですね」

■「音楽は数学だ!」 バンド活動を今も継続

業務面では怜悧かつアグレッシブな印象を受ける吉田さんですが、プライベートでも精力的な活動を続けています。いくつかの過去を振り返ることで、現在の吉田さんを形作ったベースを垣間見ることができました。

吉田「父や親戚の影響で、10歳からクラシックギターを始めました。中学生で作詞・作曲にチャレンジするほど音楽にのめりこみ、高校は音楽の専門学校に進学しました。高1から始めたバンド活動は今も続けており、定期的にライブも開催しています。CDもリリースさせていただきました。意外だと思われるかもしれませんが、曲作りって数学的な要素が多いんです。譜面を起こすという緻密な作業は設計図を起こす感覚に近い。それが好きだし、結果的に今の仕事にも通じている部分があると思います」

 

(左)現在の面影が残る幼少期(右)ライブ活動も順調。右が吉田さん


■スポーツも一点集中 資格を生かした活動も

北海道の地で生まれ育った吉田さんは、弟と妹のいる3兄妹の長男として育ちました。家庭環境の影響を色濃く受けたという吉田さんですが、マネジャーとしての適性も家庭で培われたと感じさせるエピソードがありました。

吉田「父は若くして事業を起こし、母と共に奮闘していました。そんな両親を見ていたからか、いつしか『自分のことは自分で』という思考が身に付きました。兄妹のリーダー格でもあったし、総じて大人びた子どもだったと思います(笑)そのため、同年代の子どもたちと大勢で遊ぶこともほとんどなく、どことなく飄々としていました。その影響かは分かりませんが、集団競技のスポーツには手が伸びず、個人競技であるスキーとパラグライダ―に取り組んでいました。インストラクターの資格も取得しています」



昨年はコロナの影響でほとんどライブを開催することができなかったという吉田さんは、今年のライブ復活を目指し、土日を利用して作詞・作曲を続けているそうです。「今後はYouTubeにもアップしてみたい」と新たな挑戦への意欲を見せる一方、第5センターのモデルセンター化に向けても精力的に取り組んでいます。コールセンターの新時代を見据えた吉田さんの取り組みは、TMJに新たな風をもたらす起点となるかもしれません。