BPOの基礎知識
「ちゃんと説明したのに、なぜか相手には伝わっていなかった」──こうした経験は、多くのビジネスパーソンに覚えがあるのではないでしょうか。
説明した側は間違いなく伝えたつもりでいる。聞いた側も「わかりました」と答えていた。それなのに、いざ業務に取りかかってみると「そういう意味だとは思わなかった」「そこまで説明されていない」という事態が発生する。
興味深いことに、この現象は生成AIへの指示出しでも頻繁に起きています。「こう書いて」と指示したのに、出てきた文章が意図と違う。追加で説明すると「そういうことでしたか」と言わんばかりに出力が変わる。AIは人間のように「察する」ことができないため、前提の共有不足がより露骨に結果に現れるのです。
今回のコラムでは、AIへの指示出しやコンタクトセンター運営の現場から見えてきた示唆も交えながら、「ちゃんと説明したのに伝わらない」という現象の構造的な原因を考えていきます。
「説明完了」は言葉を発した瞬間ではない
まず確認しておきたいのは、「説明する」という行為と「伝わる」という結果は、必ずしも一致しないということです。
説明者は、自分が持っている情報を言葉にして相手に渡しています。説明者にとっては、言葉にした時点で「伝えた」という認識が成立します。相手が「わかりました」と答えれば、「伝わった」と判断するのが自然な流れです。
一方、聞き手は受け取った言葉を自分なりに解釈し、理解しようとします。しかし、聞き手が解釈に使う「文脈」や「前提」は、説明者のそれと一致しているとは限りません。
生成AIに指示を出す場面を思い浮かべてください。「わかりやすく書いて」と指示しても、「わかりやすい」の定義は人によって異なります。箇条書きを期待していたのに長文が返ってくる、専門用語を避けてほしかったのにそのまま使われる──こうしたズレは、「わかりやすい」という言葉の解釈が共有されていないために起きています。
人間同士の会話でも、実は同じことが起きています。ただ、人間は文脈から「たぶんこういう意味だろう」と推測してくれるため、ズレが表面化しにくいだけです。
「言わなくてもわかるはず」という幻想
では、なぜ解釈のズレが生まれるのでしょうか。その大きな原因の一つが、前提の共有不足です。
業務に精通した説明者にとって、多くのことは「言わなくてもわかるはず」の範囲に入っています。
たとえば、「この書類を〇〇部署に提出して」という指示。説明者の頭の中には「午前中に」「部長に直接渡す形で」「確認印をもらってから」といった暗黙の条件が存在しているかもしれません。しかし、これらが言葉として伝えられていなければ、聞き手には伝わりません。
この点、AIは「察する」ことができないため、前提の欠落が即座に結果に現れます。「議事録を作成して」と指示しても、フォーマット、詳細度、敬語の有無などを明示しなければ、意図と異なる出力になる。AIへの指示で学ぶ「前提を明示する」という作法は、実は人間へのコミュニケーションにもそのまま当てはまるのです。
コンタクトセンターの現場では、この「暗黙の前提」を徹底的に言語化する取り組みが行われています。たとえば、顧客対応のトークスクリプトには「お急ぎでしょうか?」ではなく「本日中のご対応をご希望でしょうか?」と書かれていることがあります。「お急ぎ」という曖昧な言葉では、オペレーターによって「今すぐ」と解釈する人も「今週中」と解釈する人も出てしまうからです。曖昧さを残さない言葉選びが、品質のばらつきを防ぐ基本として定着しています。
「わかりました」は理解の証明にならない
前提のズレを防ぐために、「説明後に確認をする」という対策が取られることがあります。しかし、これも必ずしも機能しません。
説明の後に「わかりましたか?」と尋ねて、「わかりました」という返答があれば、通常は確認完了と見なされます。しかし、聞き手が「何がわかっていないか」を自覚できていない場合、「わかりました」と答えてしまうのです。
より丁寧な確認として、「では、やることを復唱してもらえますか?」というアプローチもあります。確かにこれは有効な方法ですが、復唱できるのは「明示的に言葉として伝えられた部分」だけ。説明者が無意識に省略している「暗黙の前提」は、復唱の対象になりません。
AIへの指示出しでは、「出力を見て初めて指示の曖昧さに気づく」ということが日常的に起きます。出力がおかしければプロンプトを修正し、また試す。この「出力を見てフィードバックする」というサイクルが、実は最も確実な確認方法です。
手戻りが「日常」になっている組織の共通点
「ちゃんと説明したのに」という事態が繰り返し発生している組織には、いくつかの共通した特徴が見られます。
口頭説明への依存。 業務指示や引き継ぎが主に口頭で行われている組織では、情報の抜け漏れが発生しやすくなります。口頭説明は即時性がある一方で、記録に残らず、後から確認することができません。
「察する」ことへの期待。 「言わなくてもわかるだろう」という期待が強い組織文化も、手戻りの温床になります。経験豊富なメンバー同士であればある程度成立しますが、新しいメンバーが加わったとき、部署をまたいだ連携が必要なとき、こうした暗黙の期待は機能しなくなります。
手戻りの「本当のコスト」が見えていない。 手戻りには直接的な作業時間のロスだけでなく、モチベーションの低下、関係者間の信頼関係への悪影響、顧客への影響など、多くの「隠れたコスト」が存在します。これらが可視化されていないために、問題の深刻さが認識されないまま放置されてしまいます。
まとめ:前提を「見える化」する技術
「ちゃんと説明したのに伝わらない」という問題は、説明者や聞き手個人の能力の問題ではありません。前提が共有されていない状態でコミュニケーションが行われているという、構造的な問題です。
生成AIへの指示出しが私たちに教えてくれるのは、「察してもらうこと」を前提にしたコミュニケーションの脆さです。そして、コンタクトセンターの現場では、その脆さを克服するための工夫が日々積み重ねられています。
- 「言わなくてもわかるはず」と思っていることを、あえて言葉にする
- 曖昧な表現を避け、解釈の余地を減らす
- 言葉での確認だけでなく、実際のアウトプットを見てフィードバックする
こうした取り組みは、コンタクトセンターに限らず、あらゆる業務のコミュニケーション品質を高めるヒントになるはずです。