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専門家コラム


初回投稿日 : 2025/11/04

【前編】生成AIで変革する、次世代ナレッジマネジメント戦略~成果を生む「情報の整理術」~

コンタクトセンターでRAG導入が期待通りの成果を上げられない理由と解決策を解説。ナレッジマネジメント課題の根本原因である「非構造化データ問題」を特定し、AIが理解しやすい形式に変換する「AIリーダブル化」の具体的手法を紹介。データ構造化・チャンク分割・メタ情報付加による回答精度向上の実践方法を詳しく説明します。

業界横断で顕在化する「ナレッジの壁」

半数の企業が抱える共通課題

今年度、100社以上のコンタクトセンター運営企業とのディスカッションから、ある共通の課題が浮き彫りになりました。金融、製造、情報通信、サービス業など、業界を問わず、約半数の企業が「ナレッジマネジメント」に深刻な課題を抱えているのです。

具体的には、ナレッジの作成・管理・運用における膨大な業務負荷検索精度やヒット率の低さ、ベテランオペレーターの頭の中にしかない暗黙知の形式知化の困難さなどが挙げられます。結果として、新人オペレーターからの「手上げ」が増加し、保留時間が伸長。顧客満足度の低下と運営コストの増大という悪循環に陥っています。

顧客データが示す深刻な実態

Tayoriによるカスタマーサポート調査によると、顧客がコンタクトセンターに最も期待しているのは「素早い対応」であり、その割合は38.5%に上ります。しかし現実には、オペレーターがナレッジを検索できず手上げが発生したり、適切な情報に辿り着くまでに時間がかかったりすることで、保留時間が伸長。この結果、顧客の最も重視する「スピード」という期待を裏切ってしまっているのです。

そして最も見過ごせないのが「サイレントカスタマー」の存在です。実に43.7%もの顧客が問い合わせを諦めた経験があり、その理由の上位は「待ち時間が長そう」(15.0%)、「どこに問い合わせればよいか分からない」(15.6%)といった、手間や時間への懸念です。

ナレッジマネジメントの課題は、単なる社内の業務効率の問題ではありません。オペレーターが迅速に正確な情報にアクセスできないことが、顧客の待ち時間増加につながり、顧客体験を直撃している。そして、その結果として機会損失を生み出している構造的課題なのです。

これらは決して直近で発生した問題ではありません。過去10年、20年にわたって積み重なってきた課題です。そして今、生成AI技術の登場により、この課題を解決する糸口が見えてきたと思われていました…。

RAG導入ブームと、その裏側の現実

RAGとは何か

この2〜3年で急速に普及したRAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)。オペレーターがチャット形式のUIで自然文の質問をすると、システムがナレッジデータベースにアクセスして情報を検索し、LLM(大規模言語モデル)が回答文を生成して返す仕組みです。

Microsoft Copilotをはじめ、多くの企業が日常業務で類似のツールを活用しています。コンタクトセンター業界でも、RAGツールを使ってナレッジマネジメント課題を解決しようという動きが加速しました。

トライアルで直面する3つの壁

しかし現実は厳しいものでした。トライアルを試みた企業の多くが、次のような壁に直面しています。

  • 欲しい情報がなかなか出てこない
  • 断片的な情報だけが表示され、意味が理解できない
  • 古い情報や誤った情報が検索される(ハルシネーション)

結果として、回答精度が実用レベルに達せず、本導入を断念するケースが続出しているのです。

回答精度を左右する「データの構造」

構造化データと非構造化データの違い

なぜRAGは期待通りに機能しないのでしょうか。その答えは「データの構造」にあります。

AIに親和性が高いのは、FAQ(一問一答形式)、見出しや段落が整ったマニュアル、行と列に明確な規則性があるExcelデータなど、いわゆる「構造化データ」です。

コンタクトセンターに蔓延する非構造化データ

一方、コンタクトセンターで実際に使われているのは、多くが「非構造化データ」です。

例えば、オブジェクトと矢印で構成されたトークフロー図。人間には理解しやすいのですが、AIはオブジェクト内のテキストは読めても、オブジェクト間の相関関係や依存関係を理解できません。

画像ファイル内に埋め込まれたテキスト、罫線の意味やセル結合を多用した複雑なExcel表、カテゴリーやタイトルなどの規則性がない文章ファイルなども同様に、AIが正しく解釈できず、回答精度の低下とハルシネーションの原因となります。

成功への処方箋「AIリーダブル化」

AIリーダブル化とは

では、どうすれば回答精度を高められるのでしょうか。答えは、非構造化データを構造化データに変換する「AIリーダブル化」にあります。

AIリーダブル化とは、AIが理解・活用しやすいように情報を整理・最適化していくプロセスです。具体的には、以下の3つのアプローチが必須となります。

①データの構造化

画像ファイルはOCR処理を施してテキストとして抽出します。複雑なExcel表は、AIが認識しやすいマークダウン形式に変換します。例えば、セル結合や複雑な罫線で構成された見やすい表も、AIにとっては意味不明です。これをテキスト形式で抽出・整理することで、初めてAIが理解可能になります。

重要なのは、このマークダウン変換も手作業ではなく、RAGツール自体を使って半自動化できる点です。

②意味単位での分割(チャンク分割)

長大な文章を意味のまとまり(チャンク)ごとに分割する作業も重要です。

例えば、コールセンターの応対マナーマニュアルを「応答タイミング」「挨拶」「名前の確認」といった見出し付きの箇条書きに分割することで、検索精度と回答精度が格段に向上します。

チャンクサイズ(分割単位)は、RAGツールのパラメータ設定で調整可能です。文書量が多い場合は細かく分割し、逆に文脈が重要な場合は統合するなど、ナレッジの特性に応じた最適化が求められます。

③メタ情報の付加

元のデータに対して、タイトル、カテゴリー、作成日などの「説明」を付加する作業です。

例えば「クレーム対応時の基本フロー」という文書に、「カテゴリー:クレーム対応」「対象:全オペレーター」「最終更新日:2024年10月」といった情報を追加することで、検索精度が飛躍的に高まります

実証された効果――2つの成功事例

理論だけでなく、実際の成果も出ています。

事例1:インターネットサービス事業者

課題:ナレッジ検索性の向上と保留時間の短縮

サービス関連資料や初期研修資料、フロー型ナレッジを対象にRAGを導入しました。独自の評価基準(回答の正確性、網羅性、表現の妥当性)で検証しました。

初回、何も処理せずにデータを投入した結果は77点。実用基準の80点には届きませんでした。

実施したAIリーダブル化施策

そこでAIリーダブル化を実施しました。チャンクサイズを800トークンから400トークンへ縮小し、説明文と補足文の関連付けをメタデータで明示。複雑な表はマークダウン変換し、難易度の高いマニュアルはQ&A形式に変換しました。

成果:評点77点→87点に改善

結果、評点は87点まで向上。実運用に耐えうる水準を達成しました。

事例2:家電メーカー

課題:新人オペレーターの手上げ削減と保留通話時間の短縮

内部ナレッジのみを対象として改善を実施しました。

取り組み前のナレッジヒット率は92%と高かったものの、正確性・網羅性は63点で実用レベルに達しませんでした。問題は、チャンクが細かく分かれすぎて文脈を正しく読み取れないことでした。

実施したAIリーダブル化施策

そこで逆にチャンクを統合し、専門用語には説明を追加、略語は正式名称に置換するなどの処理を実施しました。

成果:手上げ89%減少、保留時間100秒削減

最終成果は驚異的でした。ナレッジヒット率99%、正確性・網羅性83点を達成しただけでなく、現場のKPIにも直結。手上げ減少率89%、保留通話時間は100秒削減という大きな成果を生み出しました。

次なる課題

RAGの回答精度向上に成功しても、次の課題が待っています。それは「運用負荷」です。

多くの企業では、既存のナレッジツールを運用し続けながら、RAGを並行導入しています。つまり、管理者は従来のナレッジマネジメント業務に加え、AIリーダブル化作業という新たな負担を背負うことになります。
後編では、この次なる課題の解決策についてご紹介します。

執筆者紹介

宮川 正雄
株式会社TMJ 金融サービス営業本部 第3営業部 兼 BPO事業戦略本部 ビジネスデザイン部
テーマ:AI、CX、DX、業務最適化
ベネッセグループおよびセコムグループでの豊富な経験を持ち、営業部の部長を歴任。次世代型コンタクトセンターの推進を担うビジネスデザイン部の副部長も兼務。コンタクトセンターにおける生成AI導入の卓越した知識と実績で、業界の革新に貢献しています。

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