専門家コラム
「デザイン思考」という言葉をごぞんじでしょうか?
“デザイン”と聞くと、絵画や彫刻などのアートや、インテリアなどを連想される方が多いと思います。「デザイン思考」は、その一般的な“デザイン”を生み出す際の考え方を、モノ作りやITシステム、またはサービスの開発に適用した考え方です。アメリカで1960年代末から1980年代にかけて、主にはシステムインテグレーションや工学、建築などの分野からゆるやかに語られてきました。
そして現在では、問題解決のための思考方法として、日本でも広く認知されてきています。
このコラムでは、デザイン思考の考え方と、その価値や意義をお伝えしたいと思います。
デザイン思考とは何か?その基本的な考え方
まずは、デザイン思考の基本的なコンセプトを確認しましょう。
デザイン思考をひと言で表すと、「理想側から発想する思考法」と説明することができます。
対義語は、さまざまな考え方がありますが、ここでは分析思考=「確認されている事実から発想する思考法」と定義します。多くの企業や人は、どちらかというと分析思考に慣れていると思います。この二つの思考法を対比しながら説明します。
前提として押さえておきたいポイントは、デザイン思考は「問題」と向き合い、分析思考は「課題」と向き合う考え方だということです。
ここでの「問題」とは、現在や将来におけるネガティブな事象や状態を指します。
一方で「課題」とは、その問題を解消するための施策や打ち手のテーマを指します。
デザイン思考では、はじめに、問題そのものが解消された理想的な状態のイメージを定めます。その後に、「理想の状態に近づけるためには何が必要か?」「どのようにそれを備えていくか?」と考えていきます。
一方、分析思考では、基本的には現状ありきを前提として、「問題を生み出している原因は何か?」「その原因に対してどのようにアプローチするか?」を課題として設定し、そこにどのように改善策を打つのかを考えます。決定的な違いは、「理想の状態に向けてゼロベースで考える」か「現状ありきで考える」かです。
問題解決を意図する対象によって、どちらがより良いアプローチなのかはケース・バイ・ケースです。思考や発想の型として、このような異なるアプローチもあることを踏まえて、意識的に選択することが好ましいでしょう。
デザイン思考が活用できるケースと得られる価値
では、どういった場合にデザイン思考を用いるべきなのかを考えていきます。
「理想側から発想する」ことがより良いアプローチとなるケースをいくつか挙げたいと思います。
a. イノベーションを起こしたいケース
デザイン思考の成果物として、またイノベーション事例としてよく挙げられる話として、Apple社のiPodの開発があります。
もともとPC/OSメーカーであった同社が2001年、突然ポータブルオーディオプレーヤーを発表しました。当時、HDD等の記録媒体の小型化や音声データの圧縮規格など、要素技術は次々と形になってきていましたが、一方で、デジタルメディアのコンシューマー化によるコンテンツの違法コピーが社会問題になっている時代でした。
デザイン思考的な評価ポイントとしては次の通りです。
- iPod以前に長い間主流だった、リムーバブルメディアを扱うことの煩わしさという根本的な課題を、とにかく手軽に多くの音楽を持ち歩きたいという問題レベルで着目したこと
- 自社の企業イメージやデジタル音源に対する市場認識といった従来の固定観念にとらわれず製品化したこと
- UIにおいて人間工学の専門家を含む開発プロジェクトを立ち上げ、かなりの短期間で仕上げることによって、世界に驚きと感動を与えたこと
そして、この流れから2007年のiPhoneの発表につながり、時価総額世界一の会社にまで発展したストーリーは広く知られるところです。
b. 改善効果の停滞が発生しているケース
分析思考から業務などの改善を進めると陥りがちな状態として、改善効果の停滞があります。
PDCAサイクルを確立して、課題の改善を持続的に機能させることはとても重要ですが、そもそも課題は問題の要因に対して設定するものです。網羅的に問題の全体を解消しうる課題設定ができているのか?というところがポイントになります。
顕在的に認知される部分に限らず、問題の全体を対象とした適切な課題設定は、実はとても難易度が高いものです。特に現代のビジネスの施策・活動においては、この課題設定を原因とする改善の限界に留まってしまうケースも多いでしょう。これはユーザーやその観点の多様化などにより、問題も複雑になっているためです。
そのような状態においては、ゼロベースで発想するデザイン思考のアプローチは、たいへん有益なものとなります。
c. 全方位への価値提供を実現したいケース
デザイン思考には、「人間を中心に考える」という著しく重要な前提があります。また、デザイン思考を成立させる「理想」の描き方としては、対象の商品やサービスに関わるすべての関係者がより良い状態に至ることが必須の条件となります。
すべての関係者とは、たとえば、それを[製造する人]~[販売する人]~[購入する人]~[使う人]です。
すべての関係者がより良い状態に至るには、まずはここでの最下流にあたる[使う人]の体験を中心に機能設計をしていくことが重要です。[使う人]の体験価値が高ければ、上流の関係者は結果的かつ必然的に、価値を享受することになります。Win-Winの関係、つまりは関係者全員のメリットや満足度を高く設定することが基本です。
もちろんビジネスにおいては、経済活動たる利益とのバランスは重要ですが、それは商品化段階の課題として検討していくことです。まずは「エンドユーザーの体験価値を最大化すること」を中心に置くことで、初めて全方位への価値提供が可能になると考えるとよいでしょう。したがって、CXやカスタマーサクセスといった概念を適用していくことも有益なアプローチになります。
BPOの検討・実装における適用のすすめ
たとえば、コンタクトセンターをアウトソースする際にも、デザイン思考によって、より効果を高めることができると考えています。
予算やカットオーバーまでの期間、ネットワーク環境やシステム、または人的リソースの限界などは当然存在します。それぞれによる制限の範囲で「できること」を起点に設計を始めるのがよくある進め方かと思います。しかし、制限ありきからのアプローチは現実的ではあるものの、当初から“落としどころ”を探っている状態ともいえます。
極端なたとえになりますが、そのコンタクトセンターで事業貢献を果たす「直接的な声が集まるマーケティングチャネル」「CXを担保しLTVとエンゲージメントを高める重要な接点」を目指すとした場合、その“落としどころ”的な考え方に違和感を覚えないでしょうか。
お客様との接点としてどうありたいのか、「電話をいただくまでの経緯や状況」「接触中のコミュニケーションとその印象」「お困りごとが解消した際に生まれるエンゲージメントとロイヤルティ」、こういったことを一連のCXとして、ぜひ想像してみてください。“理想”=ありたい姿がイメージされてくるのではないでしょうか。そして、その“理想”と先述の“落としどころ”には大きなギャップがあるはずです。
もちろん制限事項を無視することはできませんが、まずは「いったんそれは置いておいて」、理想をデザインすることをお勧めします。その後、実装検討として現実の制限の範囲における最大の価値提供を意図して設計していくとよいでしょう。
この考え方は、アウトソースする領域を検討する際にも同様に適用できます。
この場合の[使う人]は、いまその業務を担当している方々です。いま切り出せる業務範囲が限られているように見えても、フローを精査していくとあらためて、異なる粒度での切り出し方や本来注力すべきコア業務が見えてきます。
デザイン思考が活きる時代
企業と消費者、社会全体の多様性が高まり、結果として企業の課題感も詳細化しています。テクノロジーの発展と私たちの生活への浸透によって、行動のデータ化と分析も次々に可能になっています。相対して結果的に、膨大なデータから必要な価値を抽出することが、容易ではなくなってきました。
日本の多くの企業や人は、現状分析から解決手段を導き出す思考に長けています。だからこそ対極のアプローチとして、ユーザー像とその体験のイメージを突き詰めて、理想を描くデザイン思考により、基本的な機能の充足はもちろんのこと、高い付加価値の獲得や全体最適の実現、そしてイノベーションの期待を抱くことができると考えます。
デザイン思考は、ビジネスのさまざまなシーンで適用することが可能です。
積極的に活用し、すべての関係者の理想の状態へ、仕組みと価値を高めていきましょう。
TMJはサービスコンセプトに「BUSINESS DESIGN PARTNER」を掲げています。
この中の「DESIGN」は、デザイン思考の「デザイン」と同質です。
目の前のビジネスにはさまざまな現実的制限が存在することは重々承知した上で、理想追求型アプローチでの問題解決をクライアント企業へ持続的に提供したいと考えています。
みなさまの理想を共に追いかけるパートナーとして、ご相談をお待ちしております。
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